南陸運010元ムーバス

元関東バス車両「その後」追跡調査

与論島へ渡ったムーバス車両



元ムーバス車両の010が、東京から遠く離れた与論島で余生を過ごしている。 

南陸運「59」(元ムーバス010) 那間→品覇間(鹿児島県大島郡与論町) 2018.5.4
(画像提供:6621様)


1995(平成7)年11月26日に運行を開始し、 武蔵野市コミュニティバス「ムーバス」の顔として活躍してきた日野リエッセが全廃となってから久しいが、 本州から500km以上、都内からは1,500km以上も離れた南国の島にて余生を過ごす元ムーバス車両がいる。

鹿児島県奄美群島の最南端に位置する与論島で、 元010が第二の活躍を行っていた。

都会の喧騒を離れ、 静かに過ごす元ムーバス車両の情報について、 専用ページ化したのでぜひご覧頂きたい。


※当ページに掲載の画像は、6621様よりご提供頂きました。この場を借りて深く御礼申し上げます。



■ムーバス元010→南陸運「59」


南陸運59(元ムーバス010) 与論島内の北回り循環として運用中の元010号車。
この車両が島内唯一の路線車である。

南陸運「59」(元ムーバス010) 立長入口→与論徳州会病院間(鹿児島県大島郡与論町) 2018.5.4
(画像提供:6621様)

元ムーバス010「KK-RX4JFEA」(鹿児島227あ‥ 59)が移籍した事業者は、 鹿児島県大島郡与論町に本拠地を置く南陸運株式会社で、 通称:南バスとして与論島内のバス事業を手掛ける会社へ再就職を果たした。

車体外部の塗り分けは、 ムーバス時代のシルバーベースはそのままに、 カラフルな数字のみが無くなった単色となり、 青字にて「みなみバス」「みなみ」のみ表記の入るシンプルな構成となっていた。

特にこの車両への社番はなく、 路線車とされているとのことだ。
南陸運ではこの日野リエッセが唯一の路線車となっており、 終日北回り及び南回りの循環線に就いている。

車検時には、沖縄県名護市内の自動車整備工場へ持ち込むため定期的に海を渡るとのことだ。

今まで活躍してきた都内の住宅地からは遠く離れた与論島内で、 のびのびゆったりと余生を過ごすリエッセの姿が印象的である。


南陸運59(元ムーバス010)車内 車両の後方から前方を見た車内画像。
ムーバス時代のピンクのモケットや座席配置がそのまま残されていた。

南陸運「59」(元ムーバス010) 2018.5.4 ※許可を得て撮影
(画像提供:6621様)

DETAILS

→「59」型式写真
→「59」コックピット
→「59」車内画像(前方から後方)
(上記3点の画像提供:6621様)



南陸運59(元ムーバス010)走行シーン

元010は与論島内で淡々と運用をこなしていた。

観光ホテル前→役場前間 2018.5.4
(画像提供:6621様)




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