車両運用上の制約だった、 JR山手線,西武新宿線ガードにおける桁下制限高が3.1mの地点を、 車高が3.1mである日野ポンチョが通過する姿。 D021 高田馬場駅通り~高田馬場四丁目間 2019.9.21 (Photo:Ajiwai) ■民間主導のコミュニティバスとして脚光を浴びるが…。1990年代前半のバブル崩壊による長引く不況の影響により、 当時の民間鉄道各社は独立採算化による利益率向上を目的とした分社化がいわば流行のように行われた。 例えば京成電鉄のようにバス部門の分離子会社化を行ったり、 京王電鉄の場合はバス部門の中でも更に分社化を図るなどの組織再編が進んでいた。 そのなかで、 鉄道を持たない独立系ともいえる私鉄バス業界でも組織再編のうねりが到達し、 1999(平成11)年1月12日には関東バス100%出資による子会社であるケイビーバスを発足させた。 ケイビーバス設立当初は、 関東バスの持つ既存路線の移管を受ける形でスタートし、 1999(平成11)年5月10日の夜行高速バス奈良線・五條線を移管したのを皮切りに、 同年10月11日に夜行高速バス倉敷線を移管、 そして2000(平成12)年2月16日には一般路線である宿02「新宿西口~丸山営業所」を移管するに至った。 こうしたケイビーバス設立、 子会社としての発展の機運が結果として百01「高田馬場駅~東中野駅」の系統新設に繋がる訳だが、 百01の運行開始に至る道のりは長く、 スタートは1999(平成11)年度の新宿区第1回定例議会に遡る。 新宿区内で既存のバス路線の利用が不便な地域に住む高齢者などの交通制約者をカバーすべく、 定例会議にて「新宿区コミュニケーションバス運行に関する陳情」が採択されたことを踏まえ、 地域密着型バス検討委員会を'99年4月に設置し、 2001(平成13)年3月に報告書を出された中で民間事業者によるコミュニティバスの計画提案を要請することが盛り込まれた。 その要請を受ける形で提案された各事業者の計画内容から、 関東バスの子会社であるケイビーバスが2002(平成14)年3月2日に高田馬場駅と東中野駅間のバス路線の運行を受託することになった。 運行開始にあたり当時の新宿区が行った支援はバス停新設に関連する施設整備で、 約1,000万円を支出したことが新宿区議会の議事録に残っている。 こうしてケイビーバスによって申請された新規路線である百人町線:百01「高田馬場駅~東中野駅」は運行を開始したが、 武蔵野市のムーバス成功による全国自治体の補助金投入によるコミュニティバス開設ブームの中で、 民間提案によるコミュニティバス的位置付けの新規路線としてにわかに注目を集めた。 百01運行開始当初は3台使用の20分ヘッドダイヤでスタート、 利用者はそこそこ存在していたが主な利用者層はシルバーパスを利用した高齢者が中心だったことから、 当初の見込みに対して実際の運賃収入に結びつく利用は少なく赤字で推移した。 2004(平成16)年度の収支実績により2005(平成17)年11月からは2台使用の30分ヘッド化、 そして更に2007(平成19)年9月16日改正では1台使用の60分ヘッドと減回が進み、 地域の期待をもって迎え入れられた同路線だが、 運行開始5年にしてこれ以上減回ができなくなるまで本数が削減された状況に陥った。 経営合理化の一環で親会社から分離されたケイビーバスであるが、 結局ケイビーバス自体も子会社化によるメリットを出し切れないまま会社は解散・清算されることとなり、 2009(平成21)年11月1日には親会社である関東バスに運行が引き継がれて、 今日では関東バスの一般路線として運行が続けられている。 使用車種は、 百01用として新製投入された100代に続き、 ケイビーバスに5台全車が移籍した600代により運行された。 これら100代,600代は2015(平成27)年度に相次いで除籍となるが、 代替となる専用車は登場せず、 100代や600代より一回り大きい中型車のD810,D811,D814の運行に切り替えられた。 ※後に2016(平成28)年度に投入されたD711も充当 利用者数の推移を考慮すれば、 100代や600代以上の収容能力を持つ車両はオーバースペックで、 本来は日野ポンチョ程度の車両でも十分対応できるはずだが、 これは、高田馬場駅通り~高田馬場四丁目間にあるJR山手線,西武新宿線ガードの桁下制限高が3.1mであるため、 カタログ上の車高が3.1mある日野ポンチョの投入になかなか踏み切れない事情があったと推察される。 しかし2019(平成31)年4月には、 武蔵野市コミュニティバス(ムーバス)を除籍となったD021,D022「ADG-HX6JLAE」をコンバートし、 車両運用上の制約となっていた先述のガードの通過が支障ないことを確認した上で 2019(令和元)年8月より運用を開始した。 その結果、D021,D022検査時の代走を除き、 中型車は百01の運用から原則撤退した。 百01用として導入された100代と同様、 密接な関わりを持っていたのが600代だ。 1999(平成11)年に5台が導入された600代は、 2008(平成20)年に601を除く4台が相次いで除籍されてからは601が1台在籍するのみとなった。 旧:日産ディーゼル(現:UDトラックス)と共同開発した京王バスからは全車が引退し、 都内最後の"チョロQ"として注目度の高まったD601が予備車で活躍したのがこの百01で、 延命試験を受けて13年を超えて活躍を続けたことは特筆される。
百01の運用形態だが、 起終点共に管轄する丸山営業所からは離れていることや、 運賃が他の一般路線とは異なり大人200円(小児100円)であることもあり、 出入庫は全て回送となっている。 出入庫車両のやりとりは基本的には高田馬場駅側にて行うが、 終車後の入庫便のみが東中野駅西口から山手通りを北上する経路を走行するため、 高田馬場駅1900発の終車のみが通常の「東中野駅東口」行ではなく、 一つ先の「東中野駅西口」を終着としていた。 しかしこの形態は、 2015(平成27)年4月16日の東中野駅西口駅前広場への乗り入れ開始に伴い、 全車が東中野駅西口発着に改められた。 なお百01では乗務員のみの交代は行わず、 乗務員交代と車両交換がセットとなっているため、 2~3時間毎に車両の入れ替えが行われる。 このため常時1台使用の60分ヘッドダイヤだが、 所要車両数は最低でも2台必要で、 更に検査時には中型車が1台代走する。 百01「高田馬場駅~東中野駅」の運行について (高田馬場駅東口基準:2013.11.1現在) 運行回数 全日13回(東中野駅行),12回(高田馬場駅行) 始車:0737発(東中野駅行), 0800発(高田馬場駅行) 終車:1937発(東中野駅行), 1900発(高田馬場駅行) (高田馬場駅東口基準:2020.3.16改正) 全日11回 始車:0737発(東中野駅行), 0801発(高田馬場駅行) 終車:1737発(東中野駅行), 1801発(高田馬場駅行) →百01関連の詳細路線図はこちら ※ケイビーバスより移管(H21.11.1) ※終点を東中野駅東口→東中野駅西口へ変更(H27.4.26) ※上記に伴い、終車のみ東中野駅西口止まりの(百01-2)と百01を統合 経由する停留所名 ※リンクのある停留所名をクリックすると画像を見ることができます。 ※同じ停留所でも東中野駅方面、高田馬場駅方面で別画像に分けています。 ※高田馬場駅通り~東中野駅東口間の停留所画像は、練馬急行様よりご提供頂きました。 この場をお借りして心より御礼申し上げます。 百01高田馬場駅→東中野駅西口 高田馬場駅東口 →高田馬場駅通り →高田馬場四丁目 →百人町四丁目 →西戸山公園野球場 →タワーホームズ前 →東京山手メディカルセンター →百人町公務員宿舎 →百人町郵便局 →新宿消防署 →小滝橋 →上落合一丁目 →東中野区民活動センター →東中野本通り →東中野駅東口 →東中野駅西口 社会保険中央病院(現:東京山手メディカルセンター) 百01東中野駅西口→高田馬場駅東口 東中野駅西口 →東中野駅入口 →東中野本通り →東中野区民活動センター →上落合一丁目 →小滝橋 →新宿消防署 →百人町郵便局 →百人町公務員宿舎 →東京山手メディカルセンター →タワーホームズ前 →西戸山公園野球場 →百人町四丁目 →高田馬場四丁目 →高田馬場駅通り →高田馬場駅東口 社会保険中央病院(現:東京山手メディカルセンター) ■D601関連のコンテンツ→都内最後の"ミニバスRN" D601の走る街 (D601が百01で活躍する姿を余すことなく紹介です) →早朝1往復のみ!!高70の路線解説 (高70でも活躍するD601の姿を掲載) | ||||||||
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