関東バス形式解説
旧100代(101〜121)「K-RM80G」
関東バス101型式写真
101[阿佐谷]「K-RM80G:1983(昭和58)年式」
阿佐谷駅北口 1991.11.23


1983(昭和58)年1月、狭隘路線対応や比較的乗車人員の少ない路線用として登場した中型車がこの旧100代「K-RM80G」である。

前年の1982(昭和57)年より旧3000代「K-U31K」・旧5000代「K-U31L」が揃って富士重工R15系車体15型E(いわゆる5E)車体へモデルチェンジしたが、 この旧100代も同様に5E車体ベースとなった16型E(6E)架装となり、 大型・中型車共にブラックフェイスのラインナップが揃ったことになった。

1982(昭和57)年度・1984(昭和59)年度の2回に渡って丸山を除く各営業所へ数台ずつ配置されたが、 各営業所の車両共に特定の路線にほぼ限定されて使用されていた。

旧100代は形態分類としては導入年次別の2つに分けることができるが差異は少なく、 外観上では101〜110のみ車両前方上部の左右に紫色に光るコーナーランプがあったが111〜121では廃止されている程度で、 大きな変更点は特に見られない。

阿佐谷に配属された101〜108は、登場当初は高50(高円寺駅〜石神井公園駅)や、 当時は終日運行であった宿07(新宿西口〜阿佐谷営業所)で使用されたが、 1983(昭和58)年3月24日の路線改変で高50は廃止、宿07は早朝・深夜の1回のみとなったため、 新設された宿08(新宿西口〜中野駅),阿45(阿佐谷駅〜中野駅),阿50(阿佐谷駅〜石神井公園駅)を主に担当した。
しかし1983(昭和58)年に旧5000代「K-U31L」5058〜5065が投入されると、 同所にいた旧3000代「K-U31K」3001〜3010が阿01(阿佐谷駅〜中村橋), 阿02(白鷺一丁目〜阿佐谷駅〜荻窪駅〜白鷺一丁目)から阿50へ主軸を移したため、 ほぼ阿45,宿08,(宿07)専用車となった。

武蔵野では主に境11(武蔵境駅〜小平合同庁舎),境15(武蔵境駅〜安田火災事務本部前)などで見られ、 平成に入ってからは1990(平成2)年に新設された境13(武蔵境駅〜武蔵野市役所)によく充当されたほか、 晩年には鷹04(三鷹駅〜多摩六都科学館)で頻繁に運用する姿が目撃された。

青梅街道では荻11,荻12,荻40,荻41,(荻30)(荻窪駅〜石神井公園駅,井荻駅,立教女学院,西荻窪駅)、 そして五日市街道では荻61,荻71(荻窪駅南口〜西荻窪駅南口)でも時々見られたが 烏01,烏02(烏山循環,久我山病院→牟礼)が主な活躍場所であった。

旧100代は1993(平成5)年度より車齢10年程度で早くも廃車が始まったが、 全廃となったのは1997(平成9)年3月であった。


関東バス101非公式側
旧100代トップナンバーの101、非公式側(右側面)の姿。
101[阿佐谷] 

阿佐谷営業所 1986
(画像提供:遠藤知生様)
関東バス101リア画像
101のリア画像。
101[阿佐谷](リア・右側面)

阿佐谷駅北口 1991.11.23
関東バス101,104,102
阿佐谷営業所に集う100代。
(左から)101,104,102[阿佐谷]

阿佐谷営業所 1992
(画像提供:関前三丁目様)

関東バス111リア画像
1984(昭和59)年式は、前頭部の紫色マーカーランプが廃止された。
111[武蔵野]「K-RM80G」

三鷹駅北口 1996.5.3
関東バス111リア画像 111[武蔵野](リア・右側面) 

多摩六都科学館 1996.5.3


DETAILS

→101フロント正面
(画像提供:遠藤知生様)



→100代の車両配置表はこちら




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